人事考課制度って、中小・小規模法人に必要なのか?
人事考課制度というと、賃金の査定や成果報酬といったイメージが先行して、評価される側の従業員にとって不安や戸惑いを感じる方が多いのではないでしょうか?また、介護事業や障害者福祉事業(NPO含む)の場合、日常業務に追われたり、 組織が専門職で構成される多職種であることから人財管理が複雑になり、ついつい労務や人事などの管理は、経営者が直接関与することが多く、従業員が10名前後の事業所だと、賃金の評価査定などは経営者の直感で評価することが一番合理的だと解釈されます。
いつも身近な従業員に対して、複雑な評価制度を導入することに慎重になり不安や抵抗のある経営者も少なくありません。
人事考課が求められる理由
最近では中小企業や小規模事業所においても、人事考課が求められるようになりました。
その主な理由は次の通りです。
〇生産性の向上
〇報酬単価の納得性
〇キャリア形成の指標
〇従業員のモチベーションアップ
〇処遇が原因となる労使間のトラブル回避
☆上記の「報酬単価の納得性」について少し深堀してみましょう。
商品の表示内容
私たちがスーパーの精肉コーナーで豚ロースを購入する場合。
一般的に単価の妥当性を決める目安は、商品の質と量です。
消費者はその表示に記された情報を基に納得して購入することになります。
この場合、単価を決める情報が表示されずに置かれた商品を納得して購入
するでしょうか?
消費者は困惑すると思います。
従業員の報酬は毎月の給与明細を基に支給されていますが、本来仕事の報酬単価は、法令を遵守した賃金相場、仕事の質やレベル、量によって
支払われるものだと考えています。
つまり、従業員が報酬に納得するためには、報酬決定の目安となる基準を示す必要があるでしょう。
人事考課の目的
人事考課は、従業員の能力や成長、業績、就業意欲に応じて公正に評価する仕組みです。
その、目的は次の通りです。
1. 能力の開発
2. 賃金管理
3. 処遇改善の根拠
4. 人財の育成・活用の基準
5. 異動、昇進、昇格の根拠
人事考課を機能させるためには?
人事考課を機能させるためには、就業規則や組織図に沿ったキャリアパスが必要です。
イメージとしては、パソコンに例えると理解できます。この場合キャリアパスはOS(operation System)で人事考課はアプリ(application)と言えるでしょう。つまりキャリアパスというシステム中で人事考課が機能するということです。
そして、なにより重要なことは雇用管理者と従業員のコミュニケーションです。
定期的にキャリアパスで示した指標や基準に従い、「達成したこと」「出来なかったこと」「解決策」を互いに話し合う習慣を作ることだと考えています。人は承認することで「やる気」を出します。達成できたことは管理者が承認しましょう。
キャリアパスとは
英語で「Career」は「経歴」などを、「Path」は「道筋」などを意味するように、キャリアパスは日本語で「職歴を積む道」と訳すことができるでしょう。目標とする職位や職務に向かって、必要なステップを踏んでいくための順序や道筋を意味します。
障害者福祉事業所におけるキャリアパスの目的は、スタッフの処遇改善でアウトカムがスタッフの自己実現です。事業所がキャリアパスを示すことで、スタッフは自分がどんな「業務や経験、スキル」を身に付ければ、どんな職位や職務を目指せるのか、仕事を通じて自身の将来像を描きやすくなり、具体的に「何をどの程度経験し学べば」望む職位に到達できるか理解できるようになります。そうすると、スタッフはその事業所での将来像と事業所が求める期待像が重なり、日々の仕事は「働きがい」につながります。
また、スタッフが仕事にモチベーションを上げて取り組むと事業所の生産性が向上しサービスの質を上げ事業所にとっても有益な効果が期待できます。さらにプラスの相乗効果でスタッフの確保や定着率が改善される因果律が事業所の魅力となり人手不足の解消にもつながります。
キャリアパスは、このように事業所とスタッフの双方に成果を与え「自己実現」を具現化する可能性が期待できる有効な取り組みといえるでしょう。
政府の方針
平成29年度の障害福祉サービス等報酬改定では、障害福祉人材の職場定着の必要性、障害福祉サービス事業者等による昇給や評価を含む賃金制度の整備・運用状況などを踏まえ、事業者による、昇給と結びついた形でのキャリアアップの仕組みの構築を促すため、更なる加算の拡充が行われました。
【福祉・介護職員処遇改善加算の概要】
このように離職率や人手不足が深刻となっている介護事業や障害者福祉事業で働く従業員の処遇改善を図る目的で、厚生労働省が定めたキャリアパス要件を基準に、事業所のレセプト申請で支払われるサービス報酬に加算Ⅰから加算Ⅴまでの5つに区分した段階的な加算が支給されています。
さらに平成30年10月より、上記加算のⅠ~Ⅲを取得している事業所を対象に新たな要件を定め「福祉介護職員等特定加算ⅠからⅡ」が支給されました。
【福祉介護職員等特定加算】
キャリアパスを機能させるには
従業員の処遇改善を目的に福祉・介護職員処遇改善加算や特定処遇改善加算が報酬に追加され、介護事業や福祉事業ではキャリアパスの関心が高まってきました。しかし、残念なことにキャリアパスのアウトプットを実感してしる経営者様は少ないようです。
加算要件を満たしてもアウトプットである従業員の離職率低下や人財育成、サービス向上、職員満足度向上などに反映されず、慢性的な人手不足とサービス低下に悩んでいる経営者様も少なくありません。
インプットである経営理念や方針がしっかり示されても、従業員が積極的に自己研鑽を促すスループット(職能資格制度・人事考課制度)が機能せず、先で述べたアウトプットにつながっていないのです。
人財マネジメントをイメージすると次の通りです。
【人財マネジメントシステム】
筆者の個人的な見解ですが、私はこの状態を「人財マネジメントシステムの機能不全」であると解釈しています。
要因は「従業員の自己実現」へ向けた指標や基準などが明らかに示されず、従業員のパフォーマンスを向上させる「管理者と従業員のコミュニケーション」などが不十分であることが考えられます。
キャリアパスの指標を基準の示し方
職能資格等級フレームで指標と基準を明確に示すことが出来ます。
キャリアパスシステムは、職能資格制度と人事考課制度を基軸に、従業員一人ひとりの自主的な能力開発を実践して責任、権限、処遇(賃金・配置)をバランスよく展開することで機能することが可能になります。 次の職能資格等級フレームは階層で職位・職責を等級別に区分して、等級定義で各等級に期待する能力を明確に示してします。能力の期待値を満たすことで昇格し賃金と連動する仕組みを制度設計したものです。
職務遂行能力の発達段階を明確に示すことで、自己実現へ向け自ら目標とする能力を満たすために自己研鑽に励み研修や参考資料による学習意欲を促します。
職能資格等級フレームの具体例
次の表は、職能資格等級フレームの具体例です。キャリアパスの基本となる処遇・責任・権限のバランスを整え自社の規模に応じたフレームを作成することでキャリアパス要件Ⅰを満たすことができます。
ここでは1~6段階で階層・職位を設定、能力の期待値や資格による任用要件を一つのフレームでまとめています。このフレームワークに準じて従業員の能力開発を目的とした教育制度、等級昇格要件、職位の昇進要件、などを規程で定め実践すると、キャリアパス要件2と要件3を満たすことができます。
これを参考に自社の賃金規程や職務資格制度に合わせたフレームを作成して下さい。職位を提示する場合、組織図を参考に小規模事業所であれば2段階から3段階、複数事業所を運営する場合は4段階から6段階で設定する必要があるでしょう。
職能資格制度とは
職能資格制度とは、職務遂行能力によって従業員をいくつかの等級に分類し、賃金管理と能力開発を行う制度のことです。各階層(等級)に求められる能力について文書化し、従業員の能力に応じた賃金を支払い、人財を育成・活用することを目的に一般企業において広く導入されています。
職能資格制度は「企業は人なり」の理想に基づき、能力のある従業員をいかに処遇するかを考えた制度です。従業員へ様々な経験をさせることができる柔軟性に優れ、人材育成面に大きな効果を発揮してきたのも事実です。こうした「人基準」による人事管理のメリットを残しながら、徐々に「仕事基準」を付加するなど、職能資格制度の改革に取り組む企業も増えて来ました。
キャリアパスによる処遇改善加算が施行され、多くの介護・福祉事業所がこの制度を採用して人材育成や処遇改善に活用しています。自社で取り組む場合は、従業員の賃金や処遇に直結する制度なのでメリットやデメリットをしっかり理解して導入することが大切です。
【メリット】
・スタッフの定着と雇用確保
職能資格を明確に定義することによってスタッフに対して将来像を提示することができ、結果的に早期離職や転職を防止できます。曖昧でなく、能力や資格を基準に組織から期待を見せられることはこの制度の大きなメリットの一つですので、ぜひこうした制度を使って人材の確保に取り組んでみてください。
・組織編制による人材活用が柔軟に行える
人の経験や役職が明確になり、組織改編や変化に強い組織となります。中間管理層の育成にも役立ちます。
・スタッフのモチベーションアップ
職位や等級の基準が明確になり、スタッフが自発的に上の職位へ挑戦する意欲を刺激します。
【デメリット】
・人件費の高騰
職能資格制度は、勤続年数、スキル、社内での活躍度などから判断されるもので、基本的に勤続年数が長いスタッフが増えれば人件費が高くなります。つねに人件費のバランスを考えながら運用することが必要になります。
・年功序列型組織になってしまうケース
基本的に組織での職務遂行能力は勤続年数と大方比例してしまうという性質があります。なので、個々の特性を引き出せるように個別面談で評価して年功序列と差別できるように工夫が必要です。
・客観的な評価の難しさ
基本的に人の能力は見えにくいことから、評価の指標を数値化する工夫が求められます。この場合、人事考課制度を活かして評価する仕組みを整える必要があります。